社会起業家 成功の法則~冷徹なまでの現実検証
by 野田さえ子
成功した社会起業家の特色は何だろうか。
「大きなビジョンと情熱を持っていること――」。
という答えに異論はないだろう。
ただ、もう一つ見過ごされがちな特質は、「冷徹なまでに現実を見つめそれに基づき工夫を積み重ねている」ということではないだろうか。
仮説ではなく事実を見る。つまり、現実検証の大切さ。
これが、社会起業家について研究をした本でもいわれていることだ。
起業家でも同様なことが言えるそうだ。
例えば、経営関連のベストセラー本として有名な「ビジョナリー・カンパニー2」の著者、ジム・コリンズが、マーケットシェアと収益の実績で企業を選別し、偉大な企業の特質を調べたところ、「よりよい未来を揺るぎなく信じ、かつ今の現実についてデータに執着する点で共通する」と述べている。
「データに基づいて現実を直視し、工夫していく」ことの大切さについて、社会問題の解決を図るプログラム、例えば、生活困窮者向けの職業訓練でも同じことが言える。
ミネソタ州北部の港町ダルースにある「ダミアノセンター」の例である。この町は、1980年代初期、鉱山の閉山や地元企業の不況、空軍基地の段階的閉鎖、さらにピザ工場の撤退などで失業率は15%にも上昇。1992年に、ダミアノセンターという地域密着型の貧困削減プログラムが創設された。当初は失業者に対する無料の食事提供や、寄付された衣服を就職活動や通勤に必要とする人々に提供するプログラムからスタートした。
その後、就職困難者に対し、調理および食品衛生に関する12週間の無料訓練プログラムを始めた。1年目は、14人が卒業。1年後の被雇用率は60%どまり。試行錯誤を重ねたものの、3年後もこの数値は変わらず、同種のプログラムの平均値にとどまったままだった。
「私たちは、事実ではなく仮定にもとづいてプログラムの内容を決めていました。」
ここで大切なのは、最初の学びを得て、工夫し、行動へと移したことである。
スタッフは、この種のプログラムの成功には、1)卒業生が雇われること、そして2)雇われ続けることまで支援する必要がある、と気づき工夫していった。
まずは、卒業式の準備にかける手間・コストを縮小し、優良な雇用者の開拓や雇用維持の報奨制度(卒業生が離職していなかったら3か月分のボーナス支給)の導入、そして卒業後のサポート体制を充実させた。
その他、数々の工夫を経て、就職率98%、就職1年後の雇用維持率70%という成果につなげている。
もし、最初のプログラムの成果である、「6割の就職率」で満足していたら?社会変革の規模にまで達するプログラムとなっただろうか。
日本においても同種の事例がある。
東京都立川市にある、ニートなどの若者向けに就業トレーニング(ジョブトレ)を行っているNPO「育て上げ」ネットである。理事長の工藤啓氏(31)もまた、大きなビジョンのみならず、データに基づく現実直視を行っている。
このジョブトレには、「過去3年で140人が参加。卒業した95人のうち、85人が就職または復学している」そうで、就職率は85%と高い。
「ジョブトレの目的は働くための力と、働き続ける力の二種を育てること」という理事長。各国で実施されている職業訓練プログラムで共通する「学び」をすでに押さえてある。
主にニートを抱える親が、サービスに応じた月額料金を負担しているが、この団体が提供しているサービス内容をみると、多くの工夫がみられる。
まずは、「誰も知らない場所に行きづらい」というニート特有の心理的障害をのりこえるため、コーディネーターが自宅または自宅付近まで出向くというプログラムを用意する。また、インセンティブという概念を利用し、ステップアップ方式とよばれる、仕事の内容をボランティア活動からプレ・アルバイト、そして就職へと導くような工夫がされている。
例えば、地元商店街からの依頼をうけた雑用や、清掃活動を行うジョブトレーニングからはじめ、ある一定レベルに達した場合、月額負担金の最大50%から報奨金としてニートの若者に対し支払うことも取り入れている。この報奨金は外部のアルバイト金額より安く、「働きの対価として安すぎる」と感じてもらうような設計となっている。
実際に、企業のオフィスで働く体験をつむプログラムなど、プログラム内容も多種多様である。また、この就業トレーニングを卒業したメンバーをフォローアップするための「ウィークタイズプログラム」も設けている。
ちなみに、こちらのNPOは経営的にも成功しており、2004年800万円、2006年8千6百万円、2008年には1億8千万円(見込み)と売上高を伸ばしている。
理事長いわく、「NPOが、社会的に意味がある活動をするのは当然で、声高に主張する必要はない。私の務めは職員が生活に困らず、支援活動に打ち込めるようにすることですよ」。(日経新聞夕刊2008年10月6日付)
そのために、常に現実を直視し、冷徹にデータを見ながら、日々の行動の変化へとつなげていることであろう。