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人の森国際協力>>アーカイブス人の森通信2013/02/11号

マーケティングの「センス」と「トレーニング」

by野田さえ子 (国際協力コンサルタント・中小企業診断士)

先日、JICA本部が実施する能力強化研修「地域経済・地場産業育成(一村一品運動等支援)コース」の、地域産品のマーケティングをテーマにしたセッションで講師を務めました。

その際、痛感したことがあります。

それは、「理論は単純、実践は複雑」ということ。

もちろん、理論を知っておくことは大切かもしれません。しかし、より重要なのは、こうした「単純」な理論を、複雑で常に変化する現実の事象に当てはめながら、より効果的な方策を考え出し、次々と手を打っていくかということ。これによりいかにヒットさせる確率を高められるか、が決まると思います。

もちろん、マーケティングには「センス」が問われます。

とはいいつつも、(私を含め)これまでの人生においてマーケティングと縁の薄かった方の中には、「センス」がないかも、と嘆かれる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし私は、「トレーニング」を行えば、「センス」は磨かれる、と思っています。

今回の研修参加者は、JICAによる事前の選考を経て選抜された、国際協力業界の主要なコンサルティング会社所属の方々をはじめ、個人コンサルタント、NGO職員など様々でした。参加者の特色を総じていえば、支援者としてマーケティング活動に関わった経験のある方が多い一方、起業家あるいは事業者として雇用責任を持ち、自分の資金によって事業を展開させるためのマーケティング活動を行った方は少なかったと思われます。

実は、このセッションでは、短い時間ではありましたが、マラウイというアフリカの内陸国の地域産品である「香り米」のマーケティング戦略を練る、という演習を行いました。

紹介した理論は、基本中の基本の理論のみ。事業環境分析をした後、ターゲット顧客の設定および差別化(セグメンテーション→ターゲティング→ポジショニング)を行い、顧客に適するマーケティングミックス(Product, Price, Place,Promotion)を定める、という例のやつです。

やはり、難しいのは、その理論を、複雑な事象設定の中でどのように当てはめ、判断していくか、にありました。

例えば、演習上のケースでは、以下のマクロ経済状況を設定しています。
・突然の政府による通貨切り下げによって(50%)、輸入インフレに陥っている。
・外貨不足のため、ガソリンの入手が困難となり、ガソリン価格が高騰している。
・年28%のインフレがおこっている。

そして、以下のような競合がいます。
・他のドナーが支援した、組織力のある農民組合の香り米が全国に流通し、知名度が高い。
・他の小規模なグループによるブランド米も都市部を中心に流通している。

また、参加者が支援すべきグループは、以下の状況にあります。
・生産量は2-3トンと少ない。
・資金繰りが厳しい。
・政治都市であるリロングウェイから北600キロメートル程離れた、タンザニア国境に近い街にある。また、経済都市であるブランタイア市からは900キロ以上離れたところにある。
・政府の支援などにより、精米の精度がよく、香りが高い。
・ジンバブエなどから、政府の機関を通じ「香り米」への輸出の問い合わせを受けている。
(数百トンベースの取引)

こうした条件で、まず事業環境を分析したところ、参加者からは以下のようなターゲット顧客のアイディアが出されました。

1.「首都リロングウェイの高級スーパーをターゲットとしてとらえる。」
2.「地元をターゲットとし、祝宴の席用などの贈答品として売る」
3.「政治都市であるリロングウェイ市および経済都市のブランタイヤ市における個人資本のスーパーで売る」
4・「ジンバブエなどの外国への輸出を検討する」

1については、運送費を含めた損益計算を行い、現実的かの検証を行う必要があります。

2については、「すいかの名産地」に「すいか」を売り込むような選択肢であるため、「香り米」があふれる産地にあえて高価格帯で売るための「あっと驚く仕掛け」を別途考える必要があります。

3.については、現状、ガソリンの入手が厳しく、生産量が限れている事業体にとっては、二都市をターゲットにするのはコストがかかりすぎであるため、地域を絞りなおす必要があります。距離というのは、まったくやっかいなものです。なぜならば、輸送コスト以外にも、営業・在庫・与信管理などのために見えないところでのコストもかかってくるからです。このため、「距離」という要素は、現実的なマーケティング戦略を考える上で、思った以上に重要な要素となります。

4.については、まずは、取引できるだけの生産量の確保および品質の均一化が先決となります。地域内の協力や他事業体との協働ができて初めてスタートラインにたてるでしょう。また、ジンバブエなどの正規の輸出ルートを経ると、輸出入の手続きなどさらなるコストがかかってきます。その上、また、こうしたルートはサプライチェーンが長くなるため、キャッシュアウトからキャッシュインまでの時間も長くかかります。資金繰りの厳しい弱小組合が採り得る戦略ではありません。

このように、それぞれのアイディアには困難がつきものです。

まずは、一番可能性が高いオプションはどれか。

何から手を打っていくべきか。

その選択肢での課題をどのように克服していくのか。

他の選択肢は本当にないのか。

こうしたことを常に考えていく必要があります。

例えば、可能性としてもうひとつあたる必要があるかと思います。

それは、現地にほどちかいタンザニア国境近くのインフォーマルなマーケットです。アフリカのように両国が道路などで長い距離を接しているような場所では、行商人や農家の人々が直接お互いに商品を売買しているようなインフォーマルな市が存在します。ギャップのあるところに必ず市場が形成されるのが常ですから、こうしたインフォーマルな市の存在をまず確認することが大切でしょう。

市を見つけたら、取引通貨、売買品目、価格、通貨切り下げとインフレへの影響、闇の換金商の存在やそのレート確認など、ざっくりと可能性をさぐることも必要になってくるでしょう。少なくとも理論上は、通貨切り下げになっていることから、自分たちのビジネスにとって好影響をおよぼしている可能性が高いはず。

このように、変化していく環境を見据えながら、常にビジネスモデルを組んでいくことがとても大切であり、また、一度組んだら、壊し、組み直し、壊しという作業が必要となります。そして、多くの経営者はこうしたことを日々頭の中で行っているかと思います。

こうした日々の訓練が、明日へのよりよいマーケティングのアイディアにつながるのだと思います。

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