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人の森国際協力>>アーカイブス人の森通信2011/7/19号

コラム 「付加価値」症候群

by 野田直人

先日実施したJICA中部での「アフリカ地域 地域資源を活用した地域振興支援政 策」コース。アフリカ8ヶ国ほどからの参加がありました。コース開始時にそれ ぞれの課題を発表していただくのですが、研修員の多くが口にしたのが「地元産 品に付加価値を付けること」。

具体的には、付加価値と称して、農産品などの一次産品を加工すること、パッケー ジやラベルを工夫して見かけを良くすること、を意味していることが大半です。

例えばマンゴーをマンゴーのまま売るのではなく、ジャムやドライマンゴーに加 工する。そうすれば日持ちもしますし、単価も高くなります。そしてジャムやド ライマンゴーの包装やラベルを工夫して、スーパーマーケットに並べても恥ずか しくないものにする。つまり、販路が広がる。

一見もっともらしいので、国際協力関係の日本人の中にも同じことを目指してい る人をよく見かけます。

「付加価値を付けないと単価が安く、現地に利益が残らない。」
「包装やラベルを良くしないと、店に置いてもらえない。」

それはその通り。

でも、考えてみてください。買うかどうか決めるのは誰でしょうか?もちろん消 費者です。消費者は、単に村の商品に付加価値が付いたから、包装やラベルが良 くなったから、という理由でその商品を買うでしょうか。

僕はある日の講義の朝、JICA中部近くのコンビニで「何か良いサンプルはないか?」 とお菓子売り場を物色しました。そして選んだのはポテトチップス。コンビニに は大手数社のポテトチップスが並んでいましたが、その中でもアメリカの食品大 手が製造しているものを選んで講義に臨みました。

アフリカからの研修員に質問してみます。

「大手メーカーと同レベルの味のポテトチップスを村で作ることは可能ですか?」

「可能です。それほど難しくありません。」

「村で作ったポテトチップスを大手メーカー同様きれいな袋に入れて販売するこ とはできますか?」

「デザインをして、包装機材を導入すればできます。」

「包装がきれいになれば、スーパーマーケットに村のポテトチップスを置いても らえますか?」

「置いてもらえるようになると思います。」

「では、今まで大手のポテトチップスを購入していた人が、それをやめて村のポ テトチップスに変える理由はありますか?」

一人だけが「質が同等なら売れるはずです」と答えましたが、他の人たちはしば らく考えて、「いや、同じレベルであるなら、あえて変える理由はないはず」と 答えました。

村のジャガイモには確かに付加価値が付きました。無論、多くの消費者の中には 村のポテトチップスを試しに買ってみる人もいることでしょう。でも、多数の人 たちには、単に村のジャガイモに付加価値が付いただけでは、食べ慣れた味から 新しいものに移る理由はまだありませんし、試しに買ってみた人がそれを食べ続 ける理由もありません。

アフリカの農村で作れるものは、iPadのようなまったく新しいものではありませ ん。ほとんどの場合、どこにでもある農産品に頼り、それらを加工したものにし か過ぎません。

その場合、市場には既に「付加価値」が付いた類似商品が溢れています。その多 くは大手企業がスケールメリットを活かして作ったもので、値段はそこそこ安く、 供給は安定していて、製品の質も均一です。

アフリカでバオバブジャムを作っているところがあります。バオバブジャムは一 見新しい商品に見えますが、実際には「ジャム」という商品カテゴリーの中で、 イチゴジャムやマーマレード、熱帯であればマンゴージャムやパイナップルジャ ムなどと直接競合します。これらのジャムがずっと愛用されているのは、おいし く食べ易い味で値段も手ごろだからです。

さて、村の付加価値商品であるバオバブジャムが参入する余地はどこにあるので しょうか?ちなみにアフリカからの研修員は全員が「バオバブをジャムにするな んて、食べたいとは思わない。アフリカ人の発想ではありえない!」と断言して いました。

「じゃあ、さらなる付加価値を付けたら?」

もちろんそうしたオプションがないわけではありませんが、投資が拡大する、つ まりはリスクも増大しますから、簡単な話ではありません。

一方、研修ではアフリカからの研修員を徳島県上勝町の、葉っぱビジネスで有名 な「いろどり」に案内しています。有名になり過ぎたきらいはありますが、「い ろどり」から学べるところは実にたくさんあります。

徳島から帰って来た研修員に聞いてみました。

「いろどりでは商品にどんな付加価値を付けていましたか?」

「葉っぱを売っているだけで、特別な付加価値はついていません。」

もちろん同じことをアフリカでしても意味がないのは研修員にもわかっています。 その一方で、付加価値を付けない商品であれだけ利益を出す手段がある、しかも、 日本中どこにでもあるような特徴のない商品で…というのは付加価値症候群にお かされた研修員たちにはインパクトがあります。

これを僕は「商品の高付加価値化ではなく、重要なのは消費者や市場にとっての 差別化」と説明しています。

「いろどり」では四季を通して360種類あまりの商品を出荷しているそうです。 葉っぱを使う料亭でも季節や料理に応じて多様な葉っぱを使いたいでしょうから、 そうした「多様性ニーズ」に応えることができます。

そして「いろどり」では独自の情報システムと、村の生産者間の競争システム (共同ではない!)によって、注文が入った翌日には朝採ったばかりの新鮮な商 品が徳島空港から発送されて行きます。つまり「緊急性ニーズ・鮮度ニーズ」に 応えることができます。

これを続けて「葉っぱを頼むなら、いろどりへ」というブランディングに業界内 で成功しているのでしょう。

多分これら以外にも、短時間の見学では窺い知れない「差別化」がなされている のだろうと想像します。

アフリカの特定の村の商品の場合、供給量が限られますから、国中のスーパーマー ケットの棚を満たす、という必要は最初からありません。それならば、市場や消 費者の中で「誰を相手にするか」をまず明確にし、その「限られた人が購入する 理由」を考え、商品やサービスを差別化して行くのが合理的な戦略と言えます。

「いろどり」は調理人の世界、という狭い消費者、でも上勝町にとっては十分な 大きさのある市場にターゲットを絞って、商品やサービスを最適化しています。

市場の中のどこを狙うのか、そして狙ったところに受けるよう、どのように商品 やサービスを差別化して行くのか、というアイデアがないまま設備投資をして 「高付加価値化」を行うのは、単に投資額を増やして損益分岐点を引き上げるだ けで、あまり意味はありません。

僕はアフリカからの研修員に、村のポテトチップの改善策として「The hottest potate chips in the wolrd」という商品はどうか?と提案してみました。

辛い物好きという狭い層を狙い、わかり易いアピールで売れば、村の生産量くら いはさばけるのでは、という発想です。

アフリカからの研修員はコンセプトを非常によく理解してくれました。ただ、誰 ひとり「そのアイデアいただき!」とは言ってくれませんでしたが…。

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