ボランティアではなくプロが欲しいとき
by 野田さえ子
我が家にプロの「トップレス・ダンサー」がやってきたことがある。ニューヨークに滞在していた頃の話である。
「チチ」さんという、著名のトップレスダンサーとの出会いは、「TTY」と呼ばれる電話が我が家にかかってきたことから始まる。
「TTY(Telephone Teletype)のサービスをつかって、チチからあなたへのメッセージを受け取りました。お話を続けますか?」と電話口でいわれ、よくわからないまま「Yes, please」と答えた。
TTYとは、在米の聴覚障害者のためにある電話サービスである。聴覚障害者が誰かに電話したいとき、まずTTYのオペレーターにかけ、オペレーターがその人のかわりに電話をかけたい相手にメッセージを伝える。また、相手がいったことをオペレーターがタイプを打って聴覚障害者に教えてくれるというもの。
チチさんは、聴覚障害者であった。用件は、子ども3人を夜間に預かってくれるベビーシッターを探しているので、紹介してほしい、というもの。日時を決め、我が家にきてもらった。
彼女のすさまじい人生は、ベストセラーになった「ファイト!」という自叙伝に書かれている。
「1970年 立川生まれ。3歳のとき、しょうこう熱により両耳の聴覚を失う。94年リクルートフロームエーに入社するが風俗嬢となることを決意。『ろう者のヘルス嬢豹ちゃん』として話題を呼ぶ。97年ニューヨークに渡り、ギャングの黒人男性と結婚するも破局。99年新たな恋人との間に女の子を設ける。」とプロフィー
ルにはある。
どんな人かとドキドキしながら、戸をあけると、かなりぽっちゃりした「お母ちゃん」が立っていた。しかも後ろには、3人の子ども達がぞろぞろと顔をのぞかせる。一番下の子は、やっと首がすわったくらいの男の子。これにはびっくり。
そろそろ仕事に復帰したいので、準備をしているとのこと。いろいろと彼女と話をしていて気付いたことある。
自分の仕事に誇りをもっていること。その仕事で生計を立てているという自負を持っていること。小さいころから発音障害があるからと周りから遠ざけられてきた接客業、特に性産業になみなみならぬ関心と、才能を持っていること。
あとから彼女の本を読み返してみた。
「この仕事は、若い女の子なら誰でもできるようでいて、実はプロになりきる覚悟がないと簡単にはいかない。それでいて、いいお金をもらっているわけだから、ハンパな接客をしてたらお客様にも必ずそれが伝り、もう二度とお店に来ないだろう」と書かれてあった。
3人の子どもを産んだ後のかなりふくよかな体格でダンサーとして復帰するのか、素人ながら心配したがこれもあとから本を読んで納得。「日本人の女の子は痩せすぎていて、お尻が小さいのであまり人気がないのだ。アメリカの多くの男たちは、胸とお尻と太股にボリュームがある女性が好きなようなのだ。でもわたしの場合、お尻が大きいのでブラザー系(黒人男性)のクラブではかなりウケた」と書かれてあった。
チチさん、今頃は、あのふくよかな体格で立派に仕事復帰していると思う。
「トップレス・ダンサー」との出会いは、なかなか貴重なものだったが、プロとしての意識の高さには感嘆した覚えがある。
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さて、自分の仕事はどうかというと……。ここ数年、仕事上で何度か困った目にあった。原因はだいたい同じ。
例えば、弊社では国際協力業界向けに研修を実施しているが、若い人たちの人材育成の一環として、インターン制度を創設してみた。研修実施中の受付などの雑務を手伝うかわりに、その研修を無料で受けることができるというものである。
しかし、この制度、数年続けてはみたものの、現在は廃止。理由は、個人的な事情で研修の直前にドタキャンするインターン希望者が多かったためである。
「プロフェッショナル意識の欠如――」。
この本質を見抜けなかったのが、自分の認識の甘さだと痛感した。
現在、企業向けのセミナーや研修を行う「海外人財ネット」という事業を運営している。セミナー講師として立つものは、約束した日にたとえいかなる理由があろうとも、その場所で約束した仕事をプロとして成し遂げなければならない。その分、フィーも高いが、リスクも高い。それをプロの仕事として引き受ける。また、仕事をしたのちにその内容の精査も受ける。
この「海外人財ネット」事業については、企業の多様なニーズに応えるべく、パートナーコンサルタントを募集している。企業ニーズ・専門性などを判断させていただき、提携しているが、暗黙の了解として、当然、提携するコンサルタントにはプロフェッショナルの仕事レベルを期待し、少なくともプロ意識を持っている方とのみ提携することにしている。
幸いにも、様々な方から提携の希望をいただいた。しかし、その中で、一番困ったのが、ボランティア希望者。
「現在仕事も抱えており、海外出張もあるので、部分的な参加でよければお手伝いしたい。」「私で何かできることがあれば、なんでもお手伝いします。」「副業禁止なので、支払は必要ないですから、何でもいってください」という類の依頼である。
プロとは何か? 調べてみると、「自分の職業であるとの強い自覚をもってそれにうちこむ人。」「あるものごとを、生計の手段として行う人。」「第一線で通用する専門知識、実務能力を持ち、自らその分野で価値を生み出すための戦略や方策を立案し、実践できる人材」など、さまざまな定義があるようである。
私の場合、「あなたは何をしていらっしゃる方ですか?」といった類の質問をしてみる。どう答えるかによって、その人のプロフェッショナルの意識が表れると思うからである。たいてい、プロフェッショナル意識のある人は、「私は、経営コンサルタントです」とか、「農業の専門家です」とか、その人が自覚している言葉を使って説明する。それがその人のプロとしての意識だと認識する。
そして、プロ意識が高い人は、たいていは「自分に何ができて、何ができないか」の区別を明確に持っている。だから「何でもよいので私にできることを」と言われると、「プロではないな」と判断することにしている。
プロの仕事として請け負っている場合は、パートナーはボランティアではなく、やはりプロが欲しい。