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人の森国際協力>>アーカイブス>人の森通信2014/07/24-1号

コラム
「無計画な計画 マダガスカルの崩壊地対策の実例」

by 野田直人

現在私はマダガスカルにJICAプロジェクトの専門家として5週間の予定で滞在しています。その中で出会った事例を紹介したいと思います。

マダガスカルにはラバカと呼ばれる斜面の崩壊地が沢山あります。元々風化が進んだ古い大地であるところに、木の伐採であるとか、放牧、道の建設などの人為的な行為が加わり、崩壊の速度が加速したものだと思われます。土壌崩壊は自然現象としても発生するものが、人為的原因で多くなったということですね。

ラバカの特徴は水源地にある崩壊だということです。地下水があるので、水脈がある層が元々緩く、崩壊し易いわけです。

水源地ですから、その下には多くの場合水田があり、一旦崩壊が起きると大量の土砂が流れ込んで水田に大きな被害が出ます。事実多くの水田が土砂で埋もれてしまっていますし、川床が土砂で上がり、下流の用水路でも土砂対策が必要となります。

そして、一旦できたラバカは、崩壊している面の傾斜が緩くなって植生が入るまで崩壊し続けます。つまり、数十年あるいはそれ以上にわたって毎年土砂を流し続けます。

下流の水田地帯、住民にとっては「えらいこっちゃ」なわけです。

私が来ているアロチャ県は大水田地帯が広がる稲作地帯です。国の穀物生産としても重要ですから、マダガスカル政府も援助機関も流域保全に力を入れています。私のプロジェクトはJICAがやっている流域保全プロジェクトの一つです。

さて、ラバカ対策を他のドナーがどのようにやっているか。

彼らは流域の中で対策を取らないといけないラバカをまず選び、ラバカ対策の計画をたてます。ほとんどの場合、近くの村の人たちを動員してラバカから土砂が流れ出さないように堰を設ける計画になっています。

私のプロジェクトがやっていることも、技術的にはほとんど変わりなく、ラバカの土砂をとめるための堰を設けます。

違うのは、私たちのプロジェクトは「どのラバカをとめるか」という計画を作らないことです。従って近くの村の人たちの動員もありません。

実際にはラバカの下に水田を持っているのは近くの村の人全員ではありません。場合によると、村外の人がそのラバカの下に水田を持っていることもあります。
つまり、近くの村の人を動員すると、本来のステークホルダーではない人が混じるし、逆に村外にいる本来のステークホルダーは含まれません。

すると何が起こるか。せっかく堰を作っても、誰にメンテナンスの責任があるのかが不明確になり、村人による継続したメンテナンスが行われないのです。堰は雨季になるとラバカからの土砂で埋まります。状況に応じて次々に堰を作っていかないと、すぐに効果がなくなってしまいます。

ところが他のドナーのアプローチでは、ラバカを選んで対策を計画し、一度限りの堰作りを「研修」と称して行うだけ。そのほとんどがその後放置されます。ドナーは村の人たちの動員にお金を払ったりしますが、「住民にはインセンティブがないのだからお金を払うのが当然」というスタンスです。

一方、私たちのアプローチは、「ラバカ対策の研修をやりますよ」という情報を不特定多数に対してまず流します。どのラバカとか特定した計画はありません。
そうすると、「自分の水田の上のラバカを何とかしたい」と考えている人は実際には多くいますから、一つの谷の水田の所有者が話し合ってプロジェクトに対して「研修をして欲しい」と申しこんできます。村人同士であれば誰が水田の持ち主かをお互いによく知っていますから、プロジェクトがステークホルダーを探し
まわる必要もありません。

つまり、そのラバカのステークホルダーが自分たちでグループを作り、研修を申し込んでくるまで待つわけです。そうすると、研修に来るのはステークホルダーがほとんど(実際には技術に興味を持って参加する人もいます)。グループ化もできていますから、研修の中でその後のメンテナンスの必要性を説明すれば、彼
ら自身で担当を決めて継続します。

あるラバカの例では研修の時にサンプルとして7つの堰を作りました。その後住民が継続して作業を行い、2年間で57の堰が作られたそうです。「そうです」というのは、堰の中には2度の雨季を経て既に埋もれたものもあり、確認ができないからです。

他のドナーは「このラバカをコントロールしよう」と外部者が計画をたて、そのために村人を動員します。一方僕らのアプローチには「ラバカ対策計画」は存在せず、研修の機会を提供することで、ステークホルダーである住民が自分たちで集まり、自分たちに影響のあるラバカをコントロールする計画をたてます。まあ
住民の計画と言っても、別に計画書があるわけではなく、口頭で見回り当番とかが合意されているだけですが。

他のドナーはどのラバカに対策を施すかとかを描いた土地計画図とかを準備し、計画通りに何とかしようとします。一方私たちは計画図なんて描かず、どのラバカが対策の対象になるのかも事前にはわかりません。私たちのアプローチは一見無計画なのです。

ところが結果を見ると、私たちのアプローチの方がはるかに安価に、はるかに多くのラバカ対策が、しかも住民の力で継続的に実施されています。村人にインセンティブと称してお金や物を配ることはせず、ラバカ対策の直接経費は研修講師に支払う350円だけです。

ところが、マダガスカルのお役人や他のドナーの人たちには、「計画がない」 「土地計画図がない」というアプローチが理解できない様子で困ってしまいます。計画を作るための費用、住民に対してインセンティブを提供する費用が膨大であるにもかかわらず、計画をたてることの問題に気が付きません。

では私たちのプロジェクトは本当に無計画なのか。

トヨタ自動車を考えてみましょう。トヨタは実に年間1千万台の車の販売計画を作ります。しかし、トヨタの側で「どこの誰にどの車を買わせる」という計画を作ることはできません。同じように「どこの誰にどのラバカ対策をさせる」という計画も、意味あるものにはならないのです。

私たちのプロジェクトの計画は、実にトヨタと同じロジックに基づいているのです。今度このネタをお役人さん達の説得に使ってみようかな。

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