人の森国際協力>>アーカイブス>人の森通信2017/09/12号

コラム 開発とアイデンティティ分断

by 野田直人

人の森通信の中でも過去にアイデンティティに触れたことは何度かありました。特に、大分の一村一品運動や、徳島の上勝町、岐阜市の柳瀬商店街など、日本の事例において「地域アイデンティティ」という意味で、アイデンティティ共有の重要性について書いたと記憶しています。

私は心理学者ではありませんから、アイデンティティについて正確な定義などを語れるわけではありませんが、アイデンティティに注目してみると、途上国における働きかけが機能したり、しなかったりの理由の一部が見えてきます。

アイデンティティは「自分は誰か」に加え「自分はどこに所属しているか」に大きく関連しているように思います。通常一人の人のアイデンティティは複数が重なっており、私の場合だと、家族のアイデンティティに加え、自分の生まれ故郷である尾張一宮に強いアイデンティティを感じます。これがいわゆる地域アイデンティティかと思います。

私がアフリカから帰って来て、東京ではなく一宮市で起業した理由の一つも、自分がアイデンティティを感じられる地に戻るという心理的な安心感が働いていたのは否定できません。逆に一宮市出身ではない妻はなかなか地域アイデンティティを共有できずに苦労したことだろうと思います。

東京都心近くなどでは地域内の繋がりが弱く、また、各地からの出身者が混じって住んでいるため、強い地域アイデンティティはないようです。その代わりに人は所属する会社や出身校にアイデンティティを求めたりしているのかもしれません。要は人はアイデンティティを感じる対象がないと、不安を感じるということでしょう。

さて、途上国へ行くとアイデンティティの在り方は日本とは大きく異なっている場合が多くあります。筆者はアフリカが長いですが、一部の国や文化を除くと、地域アイデンティティはさほど強くありません。

日本人は、村があると、ついついずっと昔からそこに村があったと錯覚してしまいます。日本の農村の多くは有史以前からそこにあったかもしれず、祖先はずっとそこに住み続けていたかもしれません。江戸時代に農民の移動は厳しく制限されていましたから、どこの村も300年以上にわたって続いてきていると考えられます。

ところが、アフリカの多くの地域では、ごく最近まで人の移動が頻繁に行われていました。マサイ族などの遊牧民ならば容易に想像ができますが、農耕民もかなり移住を繰り返していたのが実際です。村の歴史を聞いてみると、数十年以上遡ることができないところが意外に多くて驚きます。そして、一つの村もある時一度にできたわけではなく、最初の入植者が来て、その後何度も入植者がやって来て、というパターンが多くあります。入植者のグループごとに民族が異なることもあります。

このような状況ですから、村の人たちの共同作業やグループの組み方を見ていると、必ずしも「村人が一丸となって」とはなっていません。民族ごとの集団や、同じ時期に入植してきた人たちのグループや、ケースは様々ですが、日本のような地域アイデンティティが成立していないケースが非常に多いのです。

「村人全員が裨益する」と考えて援助を始めたものが、特定のグループに独占されてしまうことがよくおこります。そもそも「村のアイデンティティ」がないところでは、村人全員の裨益を考える行動を人々は取りません。ですから、最初に援助を受けた人がアイデンティティを共有する社会の単位の中だけで占有されてしまい、他の人には広がらないことが多くなります。

多くの人たちは、意図的に援助を独占しようと考えていなくても、他の社会集団とシェアしようという積極的な気持ちを持っていないのです。

例えばマラウイには英語でクランと呼ばれている社会の単位があります。この定義(実際にはクランと訳されている現地語の定義)が結構曲者で、聞く人によって答えが違っています。親族と考える人もいれば、村の中の同民族と考える人もいます。同時期に移住してきた人たち、と答える人もいます。

民族学的にクランを定義するのは学者さんに任せておきましょう。

開発協力においては、村というアイデンティティはなく、クランのように、より小さな単位に村人がアイデンティティを持っていると考えることがまず重要です。それを忘れると、村を単位にした活動を企画したり、村全体への波及を狙ったりしてもなかなか進まないことになります。村人の側に村単位でやる理由も習慣もない場合が多いからです。

そして、クランの曖昧さは、ある村で見つけた解決策が、他の村では通用しない可能性を意味しています。つまり、特定の社会構造を想定したモデルを作っても、 機能しない可能性が高いのです。

このような状況下に対応するために編み出したアプローチの一つが、今回出版した本で紹介しているPRRIEです。このアプローチは最初から村の全員を機会均等で対象とするため、既存のクランなどの社会を分断する単位の影響を受けにくいという特徴があります。ぜひ皆さんも「機会均等を保証する」ことのエッセンスをくみ取り、ご自分の協力活動の中に活かす工夫をしてみてください。

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