人の森国際協力>>アーカイブス>人の森通信2007/11/05号

日本で見つけた、もう一つの国際協力

by 野田さえ子

【エピソード1.】

2年ほど前、寒い日の夜に目が覚めたときの話です。

家の周りをヒタヒタヒタヒタと、かなり早いスピードで誰かが誰かをおいかけている足音が聞こえました。鬼気迫る勢いで、無言で追いかけていました。

時計をみると、真夜中の2時。
あたりは暗く、他に人の気配はありません。

泥棒?とちょっと怖くなった瞬間、二人の足音が重なりました。一人がつかまった様子です。大声が聞こえてきました。

「あの金をどこへやったんか!」と男の人の怒声。

なんだ、痴話げんかか。泥棒でなく少しほっとしました。

が、その瞬間、ひきずられるような音と叩かれる音――。
そして女の人の言い訳する小さな声が聞こえました。つたない日本語でした。

「ああっ!」、と思いました。私はあわてて外へ飛び出しました。

当時私が住んでいた家の2軒先のコーポには、フィリピンの人たちが多く住んで います。
たいていは、日本人男性と家族をつくって暮らしています。さまざまな職業で日本にやってくる彼女たちが選んだ暮らしがうまくいけばよいのですが、そうでないことが多いのが現状です。


【エピソード2.工場で働く中国人女性】

週末、138タワーという愛知県一宮市の観光名所に時々子連れで出かけます。天気もよいと、家族連れなど、大勢の人が繰り出してにぎやかです。ここではケイタイ電話を片手に、週末を満喫している中国からの若き男女を多く見かけます。なんだか、青春しています。

組合で中国語の通訳をしている知り合いに聞いたところ、彼らはプラスチック組み立て工場か、車のシートなどの縫製工場で働いているそうです。研修制度を利用し、3年間日本で働いた後、200万~500万円の事業資金を国に持ち帰ります。最近、プラスチック工場の景気がよく、残業が多いため、国に持ち帰る貯金額が増えて喜んでいるそうです。

帰国後は、たいていは故郷に家を構え、残りは養鶏や小さなお店などを開く事業資金にするといいます。途中、健康に障害がでると、貯金ができずに帰ることになり、入国前に抱えた借金が返済できないまま終わる人もいるそうです。


【エピソード3.スーパーで働く中国人女性】

スーパーでは、きれいにスライスされたお肉が美しくつめられてパックで販売されています。そんな美しいお肉を私はよく買っていますが、1年ほど前からこうしたスーパーの売り場のバックヤードで、中国からの研修生が働いています。

中国東北地方からきた20代の中国の女性たち20人ほど。「私語が多い」、とか「トイレにたってお化粧する時間が長い」とか文句をいわれながらも、日本での生活をエンジョイしているそうです。

片や日本の企業はと言うと、時給を高くあげて、主婦のパートを集めようとしても集まらないのが現状です。「中国からの若い人材を得て、企業は大喜びだし、日本にすごく役立っているのよ」と、きっとにらんだ中国の友人の顔が浮かびます。

研修制度が始まった当初は、服装もボロボロで、中国のかなり地方の農家の若者が出稼ぎ目的で日本にやってくるケースが多かったそうですが、今では、日本での滞在を楽しむためにくる都会の若者たちも多いといいます。


知らない間に、自分たちの生活の場に浸透している、国際化の波。

日本で見つけたもう一つの国際協力。

よければ一歩踏み出して、何か一緒にやりませんか?

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