人の森国際協力>>アーカイブス>人の森通信2015/08/17-01号

「正しいことをさせるコスト」

by 野田直人

先日、某国で実施しているプロジェクトへ出張した時のこと。現地人のスタッフの苦情を耳にしました。

「バイクの修理をしたいのに、見積書を何度も取り直しさせられて困る。」

見積書の取り直しを命じているのは日本人の会計担当者です。では、なぜこの会計担当者は何度も見積書の取り直しを指示しているのか。それは、日本の会計ルールに照らし合わせて検査を受けた時に、文句を言われないよう、問題を指摘されないようにと考えてのことでした。

経験のある方はご存じでしょうが、公的機関の経理はとても大変で、「合い見積もりは取ったか?」「合い見積もりの条件は同じか?」「見積書に有効期間は書いてあるか?」「修理内容は正しく書いてあるか?」「見積書の宛先にスペルミスはないか?」云々かんぬん。

法律で、合い見積もりは不要となっているような小額の場合ですら「合い見積もりは取ったか?」と聞かれるような世界ですから、日本人の会計担当者が神経質になるのも無理はありません。

会計担当者にしてみれば「正しいことをしよう」と思って、現地スタッフにも「正しいことをしろ」と言っているに過ぎないのでしょう。

ところが、バイクが動かなかったら現地での作業は滞ります。何度も見積書を取り直していたら、その分の人件費がかかってしまいます。つまり、正しい(とされる)ことをするために、機会損失やコストが発生しているのですが、会計担当者はそれに気づいていません。

「正しいことをさせるためのコスト」が適正であるかどうか、機会損失を生じていないか、そのような視点が持たれていませんでした。

国際協力のプロジェクトの予算は有限です。そして、プロジェクトの期間も有限です。一度使われたお金や時間は2度と戻ってきませんし、「より正しいことをする」ためにお金や時間を使えば、プロジェクト本来の活動に使えるお金や時間は減ります。いわゆるトレードオフが発生しています。

「コストセンター」という言い方をしますが、経理や事務の作業は、一般的に費用や時間を使うだけで、直接結果に繋がりません。地域住民への働きかけを行うプロジェクトならば、できるだけ多くの予算と時間を、地域住民との接点に使わなければ、結果には繋がりません。つまり、経理や事務にかけるコストや時間は、できるだけ減らさなくてはいけないわけです。会計担当者にはその点への配慮が欠けていました。

では、会計担当者だけに問題があるのか。そんなわけではありません。

元々は過度の正しさを要求する日本のシステムがあります。権限が弱く、交渉能力も不足している担当者であったなら、自分の落ち度にならないように要求されている以上に「正しく」ことを進めようとしてしまいます。

そして、プロジェクトの中での業務分担のまずさ。自分が会計専任であったなら、社内で評価されるのも会計のできであり、プロジェクトがどれだけ成果をあげたか、ではありません。ですから、自分の仕事を正確にやるためのコストや時間が、プロジェクト全体のパフォーマンスを下げているかもしれない、というところに思いが至りません。

会計担当者の判断にも増して重要なのは上司の指示や指導です。「何を優先すべきか」がプロジェクトの中で見える化されていないのが問題の一つだと言えます。「正しさはほどほどで良いから、成果に直結する現場にリソースをまわせ」という指示が、このプロジェクト内ではありませんでした。

プロジェクトの各担当者はそれぞれの担当の範囲でベストを尽くそうとしています。会計担当者もその内の一人であった、というだけのこと。つまりは、各担当者が自分の担当の中だけで最適なことを行おうとしているわけです。その一方で、「プロジェクト全体としての最適化はどのようなものか」という指示や合意はありませんでした。

残念なことにこのプロジェクトは特殊ではありません。似たような問題は他のプロジェクトでも何度も見ています。

国際協力関係者が、「費用対効果を高める」ということや、「自分の担当分野を超えて全体での最適化を図る」ということをもっと意識してプロジェクトにかかわってくれたら、きっともっと良い結果に繋がるだろうと考えています。

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