人の森国際協力>>アーカイブス>人の森通信2010/05/07号

コラム「駒ヶ根訓練所でボランティア講師?なぜプロを使わないの?」

by 野田直人

先日、派遣直前で訓練中の青年海外協力隊員の方から、講座開催に関する問い合わせをいただきました。職種に関連した講座を派遣直前に受講したいとのこと。
そのため、内容や日時などの設定を行い、協力隊の駒ヶ根訓練所に私自身が週末2日間出向いて講座を実施するための見積もりを示しました。訓練所の予算ではなく、隊員有志がポケットマネーで受講する、という計画ですから、通常の人の森講座の受講料や私自身の旅費や交通費を考えて料金設定をしました。

すると、駒ヶ根訓練所の職員から、訓練生の自主講座にしては高すぎないかとクレームが付いたそうです。曰く、

「過去に講師の方をお招きして実施した自主講座は、日本在住のアフリカの方による文化紹介等を、ほぼボランティアに近い形でお願いしていたという前例がある」

ということは、入念に派遣される隊員向けにカスタマイズする私の講座は、多分自国の文化紹介をしただけというボランティア講師と同価値ということ?!

それだけでもかなり失礼な発言だと思いますが、問題は、駒ヶ根訓練所の担当職員がボランティアとプロの講師の違いをわかっていない点、費用だけを見ていて、費用対効果をわかっていない点、他人にボランティアを期待している点です。

まずボランティアで文化紹介をする講師は、それによって隊員が何を身につけるかに対して、責任を持つ必要がありません。

一方プロの講師として講座を提供する場合、お金を払う人がどのようなスキルを求めているかに合わせて内容を提供し、できる限り希望に沿うように努力します。もし講座の内容が「ニーズと外れている」「役に立たない」場合には、受講者は2度と受講しようとはしませんし、他の人にも勧めてはくれないでしょう。つまり、自己責任で生活?!をかけてクオリティを高める努力を行い、講座を提供する、ということです。

もし、駒ヶ根訓練所の担当職員が講座の内容を吟味してから「人の森の講座の価値は、ボランティアにお願いするアフリカ文化紹介と同程度かそれ以下」と、判断しているのであれば、それはプロとしての当方の努力不足、あるいは説明不足が原因です。

でも実際には「価値判断を行わないまま」「価値判断をする必要を意識しないまま」費用だけを検討して、過去のボランティア講師に比べて単価が高い、と判断しているのでしょう。そのような人が、協力隊派遣前研修のクオリティの維持や、費用対効果の改善を、どのように行うことができるのでしょうか。甚だ疑問です。

非常に特徴的なエピソードだと思うので取り上げたのですが、実際には、この件は駒ヶ根訓練所の特定の職員の意識の問題ではなく、国際協力の業界にかなり蔓延している意識の問題だと思っています。

すなわち「ボランティアに価値がある」ということです。

何もボランティアに価値がない、などと主張するつもりはありませんが、それなりの対価を受け取るということは、それなりの質の保証を行い、仕事に責任を負う、ということです。

ボランティアは、基本的にボランティアの側が機会費用を負担していますから、お願いする側はそれ以上ボランティアに対して何かを要求することはできません。「質が低い」と、たとえ思っても文句を言うことはできません。「ありがとうございました」と言うしかありません。対価を払わないのですから。

逆に言えば、質的なものを確実に得たい場合には、ボランティアに頼ってはいけない、ということです。もし協力隊の訓練生に短期間で確実に高いスキルを身につけさせたいと思ったら、どのような選択をすべきでしょうか?見つかるかどうかわからない、そして質の保証もないボランティアを探すべきですか?それとも、それなりの料金を払ってより確実なオプションを選ぶべきでしょうか?

このような選択のシーンは、意識されていないだけで実はかなり多く存在します。例えば地域開発や村落振興においても、村のリーダーやモデル農家に、「無料で連絡役になること」「無料で普及を行うこと」、つまりはボランティアで働くことを期待し、要請することも多々あります。もっと極端な場合には「アフリカ人のボランティアを養成する」という案件の話も聞いたことがあります。

不確実でも良い、質は問わない、どれだけ時間がかかってもかまわない、というのであれば、ボランティアを期待し、ボランティアに頼っても、悪い選択とは必ずしも言えません。しかし「確実に、高い質で、決められた時間内に」何かをしたい、あるいは得たいのであれば、選ぶべきはボランティアでしょうか?

「期待する」だけでなく、「確実にしたい」場合に、そのニーズに応えるのがプロの大きな存在意義の一つです。

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