人の森国際協力>>アーカイブス>人の森通信2009/03/18号

一人の小さな行動の変化が社会を変える

バングラデシュの貧困削減の立役者 ムハマド・ユヌス氏の場合

by 野田さえ子

「貧困にあえぐ人を一人でもみつけたら、百万ドルの懸賞金を支払います―」

2031年の1月1日、この文章をバングラデシュのすべての新聞・雑誌の全面広告に載せたい、とムハマド・ユヌス氏はまじめな顔で語っていました。2030年には貧困者をゼロにするというビジョンを描き、その達成に対して確信を抱いている様子です。

ムハマド・ユヌス氏と言えば、バングラデシュの貧困層に対し、マイクロ・クレジットというサービスを通じて、767万人の貧困者に70億5910万ドル融資を行い、彼らを経済的自立へと導いた立役者です。2006年にはノーベル平和賞を受賞した、あのユヌス氏です。

そのご本人の講演会が、東京の聖路加大学で開催され、なんと外部の人間も拝聴できるということを聞きつけました。私自身数ヶ月前に出産を終えたばかりで日々の雑事におわれ、ソーシャル・ビジネスに対する情熱も薄れつつある気がしていました。その思いを何とか取り戻そうと、生後二ヶ月の娘を連れて、ワクワクしながら足を運びました。

バングラデシュの貧困を劇的に削減させたノーベル平和賞の学者ユヌス氏は、驚くほどのイノベーションを起こしています。

どう既存のシステムを変えたのでしょうか。

まずは、既存のシステムは、ある程度お金を持っている人たちへ融資します。これを貧困者への融資に変えています。

男性への融資が当たり前のイスラム社会であるバングラデシュにおいて、女性への融資を始めました。

また、既存の融資システムは、過去(クレジット・ヒストリー)に基づく融資ですが、これを将来への可能性に対する融資に変えています。

既存のシステムでは、人々が銀行(主に首都や大きな町)へ出向く必要があるのに対し、銀行が人々(村)へ出向くシステムに変えました。

そして、その資金調達については、世銀や援助機関からではなく、貧困者自身の貯金からの資金調達を行っています。

こんな劇的なイノベーションを起こす人は、何か自分とはかけはなれた並々ならぬ才能や特別な努力があったのでしょうか?

どうやら答えは「否」でした。

彼は非常に単純なことをやったのでした。

彼自身、こういっています。

「私は常識に基づいてやっただけのことです」

さて、何から初めて、何をやったのでしょうか?

答え

・Step1
まずは、ビジョンを描きます。
「貧困のない世界をつくるために私が役に立つことをしようと私は決めたのです。」

Step2
そのための障害となることをひとつひとつ叩いて解決策を考え、ひとつひとつ行
動してみます。

 具体的にユヌス氏がやったことは、

  1. 村へいった。
  2. 貧困にあえぐ人のリストを作った。
  3. 貧困にあえぐ人がたった27ドルの高利貸からの借金によって一生苦しんでいることを知った。
  4. たった27ドルの融資を高利貸ではなく銀行からうけられるよう、銀行の上層部に会いに行った。
  5. 銀行に断られた。ならば私が保証人になるから、融資できるようなシステムを作ってくれと銀行システムに詳しい人に頼んだ。
  6. グラミン銀行の基礎をつくった。
  7. こんどは借り手である女性が「お金の扱い方がわからない。自信がない」と借りなかったので、その不安を取り除く工夫を1つ1つ重ねていった(グループ形成など)。
  8. 伝染病の蔓延が村で問題となっていた。「トイレとなる穴をほること」を融資の条件とした。
  9. 母親たちが融資を元手にしてプチビジネスをし、生活を向上させた。今度は子どもたちが基礎教育を受けられるようなったが、高等教育を受けるためにおカネが必要となった。そこで、学生ローンのサービスを付け加えた。

といった具合です。

たった一人の1つ1つの行動の変化や工夫が、バングラデシュの貧困削減という大きな結果を生み出せたのです。

「今日の私に0.2%の改善を行えば、1年で200%状況が改善されています。これをあと1年続ければ400%、もう一年続ければ800%の改善が達成できるのです。」こう言ったのは、経済評論家の勝間和代さんです。

「貧困を削減させる」という大きなビジョンに対し、多くの障害が山ほど見えてしまい、情熱を失いかけたり、シニカルになったり、批判者になりがちです。でも、自分でできるちょっとした工夫や行動によって、大きなビジョンを達成させる足がかりになるものだ、と勇気づけられました。

私からできる小さな変革。そこから少しずつ始めたいと思います。

貧困のない世界を創る』ムハマド・ユヌス著

国際協力事業ホームページ 有限会社人の森